男とはなんとつまらぬ生き物だ。
速女(ハヤメ)はつくづくそう思う。
見るがよい、あの呆けた目付き。鼻の下を伸ばしきった顔つき。
まるで阿呆だ。
目の前に立つ男は、毎日のように顔を合わせているくせにこの有様だ。
初対面の男と会った時など更に悪い。
相手が唾を飲みこむ音すら聞こえてくるのだ。
確かにあたしは容姿に少しばかり、自信がある。いや、それなりにと言い直しても
いいだろう。
速女は、馬鹿面している男を見て、そっとためいきを吐く。
それも、これから始まる淫術鍛錬を思えばこそだ。
霞の里。
古くから数多くの優れた忍を排出してきた隠れ里である。
各地から素質を見出された者がここで修行を積み重ね、大名に召抱えられてい
くのだ。
速女はその達人たちの中でもひときわ飛びぬけた逸材だった。
彼女は芳紀まさに十八歳。
普通に暮らすなら、うら若き乙女といえよう。
ところがいかなる宿命か少女は忍びの家系に生まれついたのである。
しかしその才たるや並み居る男達をものともせず、その敏捷性、技の切れ、持
久力のどれもが傑出していたのである。まさに不世出の天才だった。
しかも神は二物を与えずどころか、類ない容姿までも与えてしまったのであった。
自分に対する絶対的自信。これが速女の全てである。
その力と美しさにおいて。
また実力からいっても、忍び社会の最上位に位置するプライドがある。
もちろん日頃の鍛錬をおろそかにしているわけではない。
努力もせずにトップを維持できるほど、忍びの世界も甘くは無い。
だが、いまから行われるのは最も苦手な耐淫術の稽古なのである。
苦手といっても不得手というわけではない。
速女に出来ぬことはないのだ。
その修行に意味を見出せないだけだ。
淫術鍛錬とは簡単にいえば男と女がペアになり、まぐわうのである。
一流の忍びたるもの、万が一囚われの身になってなおかつ自害の手段を封じら
れた時、その尋問中に加えられるあらゆる責めに耐えられるようにしなければ
ならない。その一つが色責めというわけだ。
それ事体はわからぬ道理でもない。
だがその鍛錬の効果を疑問視せざるをえない。
つまり相手となる男が訓練の厳しさよりも目先の快楽に先走っているからだ。
それは速女が相手と分かると、男はその素晴らしい肉体を自分の下に組伏すこ
とができるというだけで歓喜し、どうしても「訓練」という部分をおろそかに
してしまうのだ。忘我の境地に達しているといえる。
もちろん速女ほどの麗人を前にすれば、腑抜けになるのも仕方の無いことだ。
だが、そんな腑抜けを相手にしたところで、いったいあたしに何の利があると
いうのか?
このままではあたしは体のいい性処理係ではないか。
くだらない。
いつものように、適当にからかってやるか。
「では、始めようか」
前に立つ男が、静かに声をかける。
もうやりたくてたまらないのだろう。声が震えているじゃない。
ふん、見てなさい。
男は己の竿を液体でぬらしていく。さすがに愛撫も無しの挿入だ。あまり手荒
なマネも出来ないのである。
それにこの液体には催淫作用もあると聞く。
男は速女の内部にスルリと挿入する。
その瞬間に肉襞が若干熱を帯びた気もするが、速女にとってはどうというほど
の反応でもない。
もちろん普通の街娘が使われたら、とても平常心ではいられない代物だ。
だが幼い頃より忍びの特訓を受けてきた彼女にしてみれば蚊にさされたも同然
である。
媚薬に対する耐性ができているのだった。
それに加えて、男の腰の振り方も単調この上ない。
いや、それは速女にしてみればということだ。
男はこれでも鍛えられた閨房の技の使い手である。
何も知らない生娘が使われたらたちまち性の虜になってしまうだろう。
所詮この程度か。つまらない。
じゃあ、そろそろ終わりにしてあげるわね。
艶然と男に微笑みかけると、そのまま腰に力を入れる。
立ち所に切羽詰った状態に男は追いこまれる。
まるで別の生物のように自由闊達にうごめく速女の女の器官。
そして鍛え上げられた筋肉を収縮させて、挿入された男根を締め上げにかか
る。
自失しそうになるのを、必至にこらえようと顔を歪める男。
ふふふ、まだまだ。
少し緩めて男根を更に奥まで引きずり込む。
そこでまた多段締めを加える。
男の歯軋りの音まで聞こえてきそうである。
それから緩めて一旦半分ほど吐き出すと、今度は一気に深淵まで食らい込み、
男を気ままに翻弄する。
数回それを繰り返すと、男はあえなく放出した。
これでは速女が技術を練磨するには程遠い状況だ。
この里には速女の相手を出来る人間はもはやいないのである。
事が終わったところで、速女はおばばに呼び出された。
”おばば”とはもちろん本名ではない。いわゆる頭領的な存在である人物を里
の忍びは敬愛の念をこめてそう呼んでいるのであった。
年のころも定かではないが、顔に刻み込まれた皺の数が年齢の積み重ねを如
実に物語っている。
「なんでしょうか。おばば」
凛とした声で速女は問う。
「おぬし、幻老斎は知っておろうな」
「もちろん知っているわ。いよいよやるというの?」
「うむ。何かにつけて我らと反目しておる男じゃが近頃他国と組んで何やら不穏な動きをしておるらしいのじゃ。斥候からの報告ではどうやら我が国に攻め入ろうとしておるらしい。そうなってはお家の一大事。見てみぬふりも出来まい」
かがり火のせいか、おばばの顔が揺れ動く。
「そこで、速女よ。我らは先手を打つのじゃ。」
「どうやって?」
「奴の寝首をかく」
となれば、答えは一つか。速女は思う。
「あたしにそれをしろっていうのね」
「そうとおり。これはお主しかできんことじゃ。奴一人とはいえ、名うての幻術使い。一筋縄ではいかんからな」
幻老斎か。相手にとっては不足はないわね。
「わかりました。早速とりかかりましょう」
「ただ気がかりは、なぜ奴が急に動き始めたかということなんじゃが...」
「何かあるのでしょうか?」
「うむ。先日隣国の寺院から門外不出の「鬼哭の書」が何者かによって盗み出されたと聞く。「鬼哭の書」は古の魔を呼び出す禁書。まさか、とは思うのだがな」
おばばの顔が曇る。
「心配しないでください。あたしにはいざとなったら...」
「そうであったな。くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
次の日、速女は必要最小限の準備をして宿敵の元へと旅立った。