収束する二律背反の連環



「来るな・・・来るな、来るなぁあ!!!」

 わたしは生徒会室の隅、掃除用具なんかがしまってあるロッカーの陰に追い詰められていた。

 ゆっくりとした動き。そう、ごく普通に道を歩いていて知り合いに会って軽く手を上げるようなそんな動き。それなのにわたしは追い詰められている。

 両手を封じられている。それだけで歩くバランスが崩れた。
 ううん、それだけじゃない・・・圧倒的な恐怖、敵わないものに追いかけられているという恐怖・・・
 夢に良く出てくる、絶対に勝てない何か、圧倒的な何かから必死に逃げているような・・・
 けれど、これは夢じゃなかった。

「やれやれですね。そんなに脅えなくても取って喰おうってわけじゃないんですがね」

 あの、人間とは思えない笑みを唇に貼り付けたまま紀氏が歩み寄ってくる。反射的に逃げようとしてがたっと背中がぶつかる。自分自身に逃げ場がないことすらも忘れていた。

「ふざけるな! わたしを・・・わたしをこれからレイプするつもりだろう!!!」

 おぞましい。自分で口にしてもおぞましい言葉。
 それは男が女に対する心と身体に対する暴力で、この世の中で最も許されざる行為。
 ただでさえ常日頃から男の独善的な考え方に違和感を抱き、男という種を毛嫌いしているわたしにとってそれは耐えがたいことだ。
 ううん、わたしだけじゃない。
 女として生を受けたものにとってそれは絶対に侵すことの許されない絶対的な人間としての境界線のはずだ。

 それを・・・この男はわたしを・・・

「レイプ・・・レイプねぇ。ちょっと違うような気がしますけどね」

 睨み付けていた。そのときの言葉。

「え!?」

 違う。
 そう言った。

 その事実にわたしは一瞬明かりがさしたかと思った。
 こんな怖い思いから開放されるんだと思った。

 けれど。

「だって、これは両者の合意に基づく行為ですからね。一方的に行為を行うレイプとは違います」

「え? 両者の合意・・・」

 そう、わからなかった。

 わたしが馬鹿だと思うのかもしれない。
 わからなかった。意味が全然わからなかった。
 だって『レイプじゃない』と言った。ということはわたしは犯されるわけじゃないってことのはずだ。
 それなのに『両者の合意』に基づく行為・・・

「ふざけるな!!! わたしはそんなことを望んでなんかいない!!!」

 映像が。
 脳裏に浮かんだ。
 裸になった私が享楽的にこの男に身を開いている。
 望まれるがままにそれを口に含む。
 飲み干す。

 けれどそんなわけがない。
 両者の合意なんて・・・わたしはこの男とそういう関係になるなんて絶対に望んでなんかいない!!!

 知識としてはわかっている。けれどそんなことに興味なんてなかった。
 わたしは獣じみた男女の営みよりも相手に与えつづけ受け止め続けるより自然な姿を選んだんだ。
 それなのに・・・それなのに!!!

 紀氏は、この男はわたしの中のもっとも大切なものの一つに汚い手で触れた。
 それは恐怖を忘れるほどの怒りだった。
 敵わないとわかっていながらも身体を起こしていた。
 向かっていた。

 そして!!!

「はぁ!!!」

 蹴り。
 ストレートに鳩尾に伸びる前蹴り。
 つま先を尖らせて。
 体をそこに預けて。
 全ての力を一点に。

 それは人を殺すこともできる蹴りだった。肝臓を破裂させてその内部に蓄えられた血液が他の臓器を圧迫して。
 断末魔の苦しみを味わいながら死に至らしめる蹴りだった。

 そのはずだった。

 もちろん最初っからわたしにその実力なんてなかった。
 本来ならばってことでしかなかった。
 長年修練を積み、その人間が本気で殺意を込めたときにだけその理論は完成する。
 でも、不十分なものでも地獄の苦しみを相手に与えることはできるはずだ。

 そう、それでも。

 止められた。

 両腕がつかえないせいでバランスが悪かったのかもしれない。
 それもあるだろう。

 けれど。

 軸足を払われた。

「きゃう!!!」

 転んだ。
 固い床が全身を打った。

「!!!」

 覆い被さってきた。
 そう、柔道でいう大内刈りの形。
 わたしの足を広げその間にやつがいる。

 もう、手も足も封じられた。

「やれやれだ・・・困ったお嬢さんだな」

 !!!

 口調が変わっていた。すましたような『ですます』調が消えうせていた。
 眼も変わっていた。糸のように細かった眼が開いて切れ長になっていた。
 そして何よりも。
 確実に『気』の質が変わっていた。

 この場合の『気』というのは自然や呼吸の作り出すエネルギーのことじゃない。
 強いて言うのであれば人間や、もしくは圧倒的な何か、山や海や、もしかしたら神もそれに含まれるのかもしれないけれど、そういうものたちが空間を支配する力、そのことだとわたしは考えている。

 それが、変わった。
 野獣のそれになった。
 だからと言って狡猾さの光が消えたわけじゃない。
 重なっている。溶け合っている。融合している。
 これが本当のこの男なんだ・・・

 勝てるわけが、ない・・・・・・

「逆らうということはあの写真を公表するということだと忘れてしまったのか?」

 !!!!!!

 愕然とした。
 その通りだったからだ。

 写真のことなど忘れていた。

 わたしは・・・わたしが犯されるという現実で頭がいっぱいになって・・・和恵のことを・・・これっぽっちも・・・

「どうやら図星だった、というところですか。得てして恋愛感情と思い込んでるものなんてそういうものでしかありませんけどね」

 わたしの身体の上で。
 好き放題言っている。
 けれどそれに反論できない。
 忘れていたことは事実だったから。

 言葉遣いが元に戻っていた。けれどもそんなことにすら今のわたしは注意を払えなかった。

「そういうふうに結論が出てしまってるのでしたら写真のことなんて意味がないかもしれませんね。仕方ない、大塚さんに代わりになってもらいましょうか」

「!!! か、和恵を!?」

「だってそうでしょう? 貴女は彼女のことよりも自分のことが可愛いのですから。ま、彼女が貴女のことをそう思っていなければいいのですがね」

「そんなこと、そんなことない!!!」

「それは貴女が一方的に彼女の気持ちを利用しているということへの肯定ですか?」

 詭弁だ。
 屁理屈だ。
 そんなことはわかっている。

 けれども『和恵のことを考えなかった』という、わたしの内面の『事実』は本当だった。
 だからこそ、『一方的に和恵の気持ちを利用している』という言葉・・・反感を持ったものの的を射られたとの思いがわたしから言葉を奪っていた。

 どうしよう・・・このままでは和恵がこいつに・・・

 そんなこと許せない。許せるわけがない。

 けれど、わたしにはこいつに勝つなんてできない。こいつを止めることなんてできない。

 それに・・・和恵のことよりも自分自身を優先させたわたしにそんな騎士の役目なんて許されるの?

「やめて・・・お願いだから和恵だけは・・・」

 それは、自分でも情けないほどに屈服した、こびるような哀れを請うような声だった。

「わたしはどうなってもいいから・・・」

 言って、震えた。怖気がした。言葉の響きそのものにすら恐怖を感じた。

 つい今さっき、本当に一分も経っていなかった。
 あんなに嫌がっていた、嫌悪していたはずなのに。
 それなのにもうわたしは『自分から言い出している』という事実。
 いくら和恵を人質とされているとはいえ。

 わたしはさっき、蛇に飲み込まれる蛙の心境がわかったような気がした。
 けど今は蜘蛛の巣に絡み取られた蝶だ。もがけばもがくほど粘着質のそれは私自身に深く絡み逃げ出せない状況を作っていく。
 そう、あとはのんびりと近づいて止めを刺すだ。

「・・・繰り返しますがわたしは嘘は言いません。それにね、最初からそのつもりもないですからね。わたしはあなたにしか興味がないんですよ」

 この言葉、嘘じゃない。
 それはわかる。
 この男は『嘘を言う』ことを嫌っている。

 こんな、ろくでもないやつを何で信用しているのか・・・それとも言葉だけでも信用しないとわたしの心が持たないのか、それはわからない。
 けれども何故か『嘘を言わない』という一点に関してはわたしは本当だと思った。
 信用するというよりも・・・そう、プライドの高さを鑑みた結果なのかもしれない。
 女を性の対象物としか考えない男なんて既に人間としてわたしは認めない。それでも人間にしかありえないはずのプライドというものに頼ろうなんて矛盾していた。

「本当に・・・和恵には・・・」

「約束しますよ。わたしから何かしら能動的なことはしない・・・もっとも、偶然が起こる可能性もありますが」

「・・・それは・・・」

「単純に、貴女が寝言でも言ってそれを聞かれたら?」

「・・・・・・そんな・・・」

「ま、そのような事態以外に関しては責任を持ちます・・・約束しますよ」

「・・・本当・・・だな・・・」

「ええ。もっとも、これから貴女がわたしを満足させてくれたらの話ですがね」

「・・・・・・・・・わたしのことは好きにしろと言ったはずだ・・・」

「なるほど。繰り返すのもくどいですか・・・だったら、まずしていただきましょうか」

 暗闇の中・・・例え部屋に明かりがついていたとしても外が闇であるのだから・・・そこで組み倒されて聞かされる言葉。
 屈辱だった。けれどもそんなことはどうでも良かった。
 和恵さえ・・・和恵さえ何事もなく・・・
 わたしの頭は既に和恵のことだけでいっぱいだった。
 わたし自身のことなどどうでも良かった。

 ・・・違う。

 逃げている。

 現実から。

 現実から逃げる手段として和恵を利用している。
 現実の自分が逃げられないことの言い訳にしてる。

 殺してやりたい。
 目の前のこの男を。

 呼び出されるまではなんでもない毎日だったんだ。
 知られてはいけない秘密があるとしても。

 それなのに・・・

 けれどもわたしの思考はそこで止まった。

「あ・・・」

 立ち上がった紀氏がわたしの上半身を引き上げた。
 痛いぐらいに力強い腕だった。
 そして、仁王立ちの紀氏を越し砕けていたわたしは見上げる形になる。

 そのままの形で、紀氏がズボンのファスナーに手をかける。

「意味はわかりますね?」

 恥ずかしげもなく。
 さも当然という形で。

 売春婦に見せるときでももう少し恥ずかしげがあるんじゃないかと思うほどに。

 さも窮屈だったかのようにそれはズボンから弾けた。恐ろしいほどの勢いだった。
 外したベルトのバックルよりも硬そうに思えた。
 それが・・・

「!?」

 思わず顔を背けた。

 一瞬視界に入ったそれはとても同じDNAを有する生き物が持っているとは思えないほどにグロテスクで他のパーツ、手や足や顔や頭や・・・それらとあまりにも異なっていた。
 人間の肌とは思えないほどに黒光りしていて、それだけでなく先端は人工の何かでできているかのように生物の色気がなかった。
 それでも人体の一部だということは脈打っている血管が暴力的なまでに押し付けてくる・・・

 わたしは顔が真っ赤になるのを感じた。
 これまで感じたこともないほどの羞恥心が全身を蝕んでいた。

 なんで・・・わたしの方がこんな思いをするのよ・・・

 正直言う。わたしはこんなもの見たことがない。
 話では聞いていた。くだらない友達との話の中でおおよその想像はしていた。
 けれどこんなに現実離れしたものだなんて思ってもいなかった。

「露骨に顔を背けないで欲しいものですね。これから貴女にはこれを口に含んでいただくんですから」

「・・・あ・・・そ・・・わ、わかってる・・・」

 それほどのものを口にくわえるなんて・・・まるで背中に無数の蟻が這いずり回っているかのようなおぞましさがあった。

 そして、これほどのことをさも当然そうに口にし、何ら感慨の含みも感じさせないこの男にも。

 男ってみんなこういう生き物なんだろうか・・・
 だとしたらわたしはなんていう生ぬるい、それこそ温室のような場所しか知らなかったんだろう・・・

 そんな思いを心に描きながら・・・けれどもそれは目の前の圧倒的過ぎる現実に押しつぶされて・・・

「念のため言っておきますが歯を立てないように・・・」

 言って、わたしの髪を何かが梳いた。そのごつごつとした太さはきっと指だろう。
 それが促しているかのようで、わたしはたまった唾液を飲み込んで、ぎゅって眼をつぶった。

 一息に。

「ぐむぅ!?」

 勢いが強すぎて、喉の奥まで突いてしまった。その苦痛で思わず眼を見開く。
 見開いた視界が、鼻先が陰毛にくすぐられているという事実にわたしは震えた。

「げほぉっ、げっ、げほぅ!!!」

 思わず吐き出した、むせた。涙がめいいっぱい零れた。
 唾液が口の周りに飛んだ。

 怖かったんだ。こんなことをしようとする自分が。それにためらう自分が。
 だから無理矢理にでもそういう状況に自分を追い込んだ。

 無理だった。
 あまりにも気持ち悪くて・・・わたしには・・・

「許して・・・わたしには・・・できない・・・」

 涙ながらの眼で。憐れみを請うように。
 立ちすくむ紀氏をわたしは見上げる。
 これまで一度も出したことのないような声で。
 絶対の権力者に対してわたしができることは媚を売ることだけだった。

 報復する気持ちなんてなくなってた。
 殺してやりたいなんて考えてたことが遠い昔のように思える。

「やれやれですね・・・仕方がない」

「あ・・・」

 その言葉、救いだって思った。
 少なくともこの行為からは開放されたんだって期待していた。

 何回騙されたんだろう。何で気付けないんだろう。
 ううん、騙してすらいない。わたし自身がどうしようもないぐらいに甘いだけだ。

「ま、これも醍醐味ですか・・・」

「んむぅ!?」

 弛緩していたわたし。だらしなく口を開いていた。
 そこに突っ込まれた。頭を抱えられて。
 反射的に噛みそうになった。けれども和恵のことを思い出しなんとか踏みとどまる・・・

「そうそう、いい子ですよ・・・フェラは女の子の嗜みですからね、ちゃんと一人前にしてあげます・・・」

 口を閉じることもできずに唇の端から涎が流れ落ちるままになっていた。
 まるで獣のような状態で紀氏のものを口に奥深く咥えているわたし・・・そのわたしに対し見下ろす声がそう言った。

 逆らうことなんてできなかった。

 だって和恵が・・・ううん、それ以上にわたしはもう逆らうなんて疲れることをしたくなかった。
 言われるがままにしていれば何も考えずにすむ。こんな苦痛もおぞましさも何にも考えなくったって・・・

「まずは舐めてみてください・・・そう、飴でも転がすように・・・」

 疲れてる。もう頭がわたしの意思から離れてる。言われるがままに精一杯に舌先を動かした。
 むっとするほどの何かが口の中、空気までも染め上げてる。
 女の子に対するそれとあまりにも違いすぎるそれは不自然で息苦しかった。

 ただ悲しいと思う心だけは止められない・・・

「そう、舌はそのままで・・・頭を前後に動かす・・・そう、口はすぼめて・・・」

 冷静なはずのその声が高ぶってた。

 それが、妙な疼きを胸の中に産んだ。

 それをわたしは無視した。

「上手じゃないですか・・・才能ありますよ・・・そう、続けて・・・」

 だって、認められない。
 この男を感じさせたことが嬉しかったなんて。
 和恵を楯にとりわたしにこんなことを強いているこの男を。

 それは女が男の性の道具だということを認めることでもある・・・

 いくら何も考えたくないといってもそれは思考の奥深く・・・感情の領域に入るものだったから・・・

 けど、どうでもいいや・・・

 息苦しさなのかもしれない。疲労じゃなくてそれがわたしの頭から知性を奪ったのかもしれない。

 それすらもどうでもよかった。

 少しでも早く達せさせて・・・解放されたい・・・

「両手も使って・・・そう、強く握ってしごいて・・・そう、そう・・・」

 言われるがまま。
 ほんの少し前までもわたしだったらさわるなんてできなかった。
 けれど今、自暴自棄なところがその感覚を嫌わない。

 舌先で先端を転がしながら血管の浮き出た部分を両手で強く握り、前後に動かした。
 眼をつぶった。何も見たくなかった。認識したくなかった。
 無意識のうちに両手が少しづつ速くなっていく・・・

「そろそろ出しますよ・・・ちゃんと飲んでくださいね・・・」

 ぎゅっと。
 わたしの頭を抱きかかえた。

「!!!!!!」

 その異常さがわたしの意識を覚醒させた。知性が戻った。

 飲む? まさか、ここから飛び出てくる・・・あれを?

 そんな・・・そんなの、そんなのって・・・

「ふぐぉう!!! ちょ・・・んぐぅ!!!」

 声にならない。
 わたしの頭を抱えて動かしているから。
 わたしの人格とか、そういうものを一切無視してただの性器として扱ってる。
 わたしの苦しさとかを一切無視してただ自分自身の快楽を高めるためだけに。

 酸素不足でぼうっとしてくる・・・視界が歪む・・・
 それを時として打たれる喉奥の痛みが眩しいぐらいの覚醒・・・
 全てが苦痛以外のなにものでもなかった。

 それが、永劫と思えるほどの時間続いた。
 手錠に固定された手が痛いほど震えた。

「素晴らしい・・・さぁ、出しますよ・・・ちゃんと奥まで・・・ぅ!!!」

 突然。

「う!? んもぅ・・・ううぅ!!!」

 どく・・・どく!!!

 喉奥に何かが当たった。
 思わず眼を見開いていた。

 根元まで口の中に押し込まれ、両手が痛いほど頭に食い込んだ状態で。

 灼熱の熱さをもつ酸がわたしの喉を焼きながら何度も叩く。繰り返される。
 熱く粘つくそれが喉を下っていく感覚にわたしは思わず咽こんでいた。

「げほぅ!!! げほ、ごほ・・・」

 どういうタイミングの取り方なのか・・・わたしが咳き込んだときには既に紀氏は引き抜いていた。 一瞬でも遅れていれば噛んでいた・・・もちろん、そこまで考えることはわたしにはできなかった。

 咳き込んで。
 口元に溢れてきたのがなんなのか改めて知ったとき。

「いやぁ!!! 汚い・・・こんなの!!!」

 がしゃ。がしゃ。

 異常な粘性の液体を拭おうにも両手は封じられている。重力に引かれながらもまとわりつくようにゆっくりと顎に下がっていくそれ・・・まるでナメクジが這っているかのように、ううん、それの何倍も気持ち悪かった。
 そして今のわたしはそれから逃げ出すことすらも許されていない。

「・・・汚い、ね。その認識はすぐになくなりますよ・・・」

 点が。
 広がって。
 全てを埋め尽くす。

 ガン細胞が正常な細胞を狂わせて増殖していくかのように。

 見上げればそこには紀氏が絶対の君主としてわたしの前に立っていた。
 わたしを見下ろすその眼にはあの笑みが練りこまれていた。

「これからすぐに、ね・・・」

 わたしはすべてがまだ始まったばかりだということを。
 これで解放されると自分に言い聞かせていたことが。

 まったくの認識不足だということを痛感し、意識が絶望に吸い込まれていた。

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