十六夜残月抄
五の巻

「いやぁはぁぁぁぁ...や、やめへぇー...ひっぐぅ...ぅひひひ....」

息も絶え絶えに速女は叫ぶ。たしかに常に身体から襲ってくるくすぐったさのためにまともに息もつけないのだ。
これは幻老斎の巧妙な作戦だった。身をよじって激しく抵抗する運動量に加え、呼吸もろくに取れない状態に追い込むことにより、一種の酸欠状態に陥れることができる。そんな状態を長時間継続させることによって、普段の何倍もの疲労を速女の肉体に蓄積させることができるのだった。もはや回復不能なくらいに。

「う.....ひいぃぃ....きゃははあぁ、ひ、ひぐひぐ...く、くるしいの...」
「どうした、もう逃げないのか...ひひひ...でないとこの筆が、お前の弱いところをくすぐっちゃうぞ、ほれほれ...」
「あぐ、そ、そんな....ひー...」

逃げろといわれても、雁字搦めに縛られている身、逃げようがない。
言葉で嬲って老人は速女の反応を楽しんでいるのである。
いかに超人的とはいえ、くすぐりまでには耐性があろうははずもない。
水に打ち上げられた魚のごとく、縄を打たれた裸身を跳ね上げるだけだ。
その度に苦悶の証ともいえる脂汗が四散するのである。
むせ返るような女の体臭。
そこを執拗に2本の筆が急所急所を狙って食らいついてくる。
これでは幻老斎に翻弄されるがままの玩具に過ぎない。

くひひひ、お前に残された力のすべてを奪ってやるわ。骨抜きにして、抵抗しようにも身体がついてこないようにまで棒のように疲れさせてやる。
それと同時に快楽責めじゃ。朝まで延々と休みなく責められた後は、肉のことしか考えられなくなっておるわい、楽しみじゃのう。くすぐりと快楽の二極責め。ひひひ。

身体が熱を帯びてくると、身体に含まされた催淫効果もますます効き目を増してくる。
そこを穂先が、焦らしぬくように舐っていくのだ。

ああ、もう....気が、気が狂うわ...

しかし一向に筆の猛威が休まる気配はない。

あれからどれくらい経ったのだろうか。
部屋の中ではわからないが、もう明け方近いかもしれぬ。
広大な敷地を持つ幽鬼牢。
やがて東の空から日が昇り始め、不気味なたたずまいをあらわにする。
明るくなってきても、なぜか薄靄のなかにけぶるように輪郭がはっきりしない。
これも幻術のなせる技か。
そして今その部屋の片隅からは、なにやら怪しげな声が漏れ聞こえてくる。
うめき声か、はたまた、あえぎ声か?
そこには、汗みどろの速女の肉体が転がっているのだった。
相変わらず2本の筆は速女の身体の上を這いずり回っている。
その穂先は、身体中から出された汗を吸い取って、今にも雫が零れ落ちそうである。
実際、肉体から悲鳴がわりに搾り出された汗は、2本の筆では到底拭い切れるものではなく、床に垂れ流されぐっちょりと濃い”汗溜り”を作っている。
速女の転がっている床一面が汗でべちょべちょに濡れそぼっているのだ。
文字通り汗まみれでのたうちまわっている肉人形。
そして、その流した汗の分だけ、確実に速女は消耗し、憔悴の色を濃くしているのだった。

「ぅ....ひぐ....ぅぅぅ........」

筆が急所をいたぶりぬいてきても、まともに反発もできなくなっている。
体を時折、ピクピクと痙攣させるが、当初の瑞々しいばかりの反発は見せない。
あの黒く輝いていた瞳も、強い意志の力が失せ、どことなく焦点を失ったかのようにうつろに見開かれているだけだ。
口から漏れ出る吐息も甘く湿ったものが混ざり始める。
そして口の端からは幾筋もの涎が筋を引いて垂れ落ちている。
速女の反発がおさまるのを見て、途中から幻老斎は筆による責めを、快楽を煽る焦らし責めに重点をおくよう変更した。
反応も見せない人形をくすぐっても面白くもなんともない。
ならば、官能の虜にするまでじゃ。
夢うつつのうちに、体に肉の喜びを染み込ませる、考えただけでも興奮してくるわい。

筆による愛撫は、性感を掘り起こしていくだけで、決してそれ以上のことはしてくれないのだ。
その甘いさざなみが速女を悩ませ続けている。
そのおかげで彼女は体を休めることも、眠ることも一切できず、欲情に押し流されないように気を張り詰めていなければいけなかった。
数刻にもわたるくすぐり責めを受け、肉体的にくたびれきった速女にとっては、それは過酷な苦行といってもよかった。
長時間にも及ぶ粘質的な責めは、確実に肉体および気高い精神を蝕んでいく。
いかに彼女が人並み外れた体力、精神力を持っていようともそれは変わらない。

はぐぐう、な、なんとかしなければ、このままでは本当に気を狂わされてしまうわ。
体をゆすって穂先から逃れようとするが、鉛にでも変わってしまったかのようにまるで言うことを聞かない。もっとも指先まで緊縛されている身ではせいぜい首から上を揺すりたてるくらいしかできないが。
あああ、そ、そこに触れられたら...蕩けそう....

もう何十回、いや何百回と筆を這わせただろうか?
この美しすぎる造形を穂先で味わいつくそうとしているかのようだ。
胸の膨らみの付け根や太股の内側、または股間の盛り上がったきわどいところを狙っては擦り付ける。
しかし....肝心な、速女が待ち焦がれてのた打ち回っているところには全く触れようとはしない。
残酷なまでに焦らしに焦らしぬいていくのだ。
既に秘唇からは劣情の樹液がほとばしるように吐き出されているが、それはかえって幻老斎を喜ばせるだけだ。

苦しめ、もっと苦しむのじゃ....ぐふふ、そして汗と体液にまみれながらお前は堕ちていくのじゃ。

「どうじゃ、もう体はすっかり練りあがっているようじゃな。お前がどうしてもというなら、汚らわしいところを少しくらいなら触ってやってもよいぞ 」

幻老斎は速女の状態を知り尽くしていながら、無情にも言葉を浴びせ掛けるのだ。
その口元には酷薄そうな笑みを浮かべている。
ドロドロの官能地獄に半ばつかりきっていた速女は、夢幻のうちにその言葉を聞いていたが、あざけるような幻老斎の顔を見るや、はっと我に返った。
自らを戒めるように、ぐっと唇をかみ締める。
そしてわずかに残された気力を振り絞って、幻老斎をキッとにらみつけた。

「このような姑息な手段を用いずに、姦るならひとおもいに姦ればよかろう!! 」
「ぐちゃぐちゃに男を求めてひくつく肉壷に突っ込んだところで、お前を喜ばすだけじゃないか。誰がそんなことするんもんか。いいか、これは仕置きであり、拷問なんじゃぞ。苦しみのたうたせてなんぼのもんじゃい。気の強い女子であるお前に泣いて許しを請わせてこそ、胸がすくってものじゃよ。ぐひひ 」
「だ、誰が自分から頼むものですか!! 汚らわしい! 続けるならさっさと続けるがよかろう!」
「くくく...イキがいいのう。まあ、言われなくても用意はしてあるから、がっつくなって。ええっと、おお、これじゃ 」

老人が部屋の奥から取り出してきたのは、なんと耳かきだった。
特別仕掛けがあるようにも思われない平凡なつくりに見える。
やや黒ずんでいるのは使い込んでいるためだろう。
しかし、なぜこんなところへ耳かきなんか...
幻老斎のことだから、自分を責めるためのもっといやらしい道具を取り出してくると思ったのに....速女はなんだか拍子抜けな気分だった。

しかし彼はそれを手のひらで弄びながら、喜色満面で説明する。

「耳の穴というのはな、女にとっては耐えがたき性感帯のひとつなのじゃ。先ほども少し舐められただけでずいぶん感じておったのぉ...」
「ば、馬鹿言わないで!!」
「ひひひ、古くから人体のつぼと同様に性感のつぼを探し出す研究は盛んに行われとってな。わしの家にも古くから伝わっている文面がある。それにはつぼの場所だけではなく、最も効果的な責めかたも書いてあってな。そのひとつをお前に見せてやろうと思うたわけじゃ。この耳かきひとつでな、お前くらい狂わすのは造作もないことなんじゃよ...」「そんなのやれるものなら、やってみなさいよ!耳かきでなでられただけで、なぜ感じないといけないのよ! 」
「くひひ、お前は耳の穴までいやらしい形をしておるからのぉ。もしかするとこれだけでイッてしまうかもしれんて....」
「ふん!! 」

冗談じゃない、何が耳でイカせるですって?
確かに不安がないわけではない。
疲労と睡眠不足が蓄積された肉体は制御しにくくなっている。
それに徹底した焦らし責めの前と媚薬の魔力で、秘裂や乳房は触れれば熔けてしまいそうなくらい熱を帯びている。
しかしいくら体が火照っているとはいえ、耳の穴だけで官能が燃えあがるわけはないと、高をくくっていたのだ。

「ふふふ、そうか、では特に念入りにくれてやるわい。お前がこの魅力にとりつかれるまでな 」

にやりと笑うと幻老斎は耳かきを形の整った耳穴に差し入れた。

すぐに速女は自分が間違っていたことをいやというほど知らされることになるのだ。

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